この間、めちゃくちゃ働いている人の話を聞きました。6時半に家を出て12時に帰る生活を2年ぐらい続けているようです。休みも1カ月に3〜4日とか。本人は、わりと元気そうでしたが、こういう人の存在を知ると、ホントに心配になります。

明らかに働きすぎていないか

こういう働き方をしなくてはいけないときだってあるだろうし、実力をつけるためには必要な経験かもしれません。ただそういう期間が長すぎると、確実にココロはすり減って行きます。本人の自覚しないところで、消耗しているのが、怖いのです。ぼくもそこまで長時間ではないのですが、明らかに働きすぎたと思うことが2回あります。いずれも復活までにかなりの時間がかかりました。

いつまでも頑張れると錯覚しない

仕事に追われているときは、終わらせることに必死で、自分のことを気にする余裕がまったくなくなります。場合によっては、この状態をずっと続けられるような「錯覚」に追われます。でもいつまでもそんな働き方はできないんですよね。それまでは、「頑張れば仕事は終わる」と思っていたし、「ほかの人がやらなければ自分がやってやる」ぐらいの勢いがあったのですが、今考えるとそんな気持ち続くワケはないのです。

最終的には自分のルールで働いている

身内が亡くなっても、仕事が忙しくて忌引きがとれなかったことがありました。会社に喪服を持って行って、式場と会社を往復しました。今考えれば、故人に対してなんと失礼なことをしたのだろうか、後悔しか残っていないのですが、そのときはなんかいっぱいいっぱいでした。そのわりには、仕事の達成感もないのですよね。そのとき自分がやらなくても、会社はなくならないし、会社をクビになることもないのに、勝手に自分の中で作ってしまったルールで、そんな行動に出てしまったわけです(といいつつ、会社のサポートがなかったのには驚きましたが…)。実際、仕事しない人がたくさんいた会社でした。そう考えると過剰に働くことを自分が決めていたことに気づきます。

まとめ

冒頭のような人と会うと心配になるんですよね。そんなことを言うと、「おれのほうがもっと働いている」とか言う人が必ず出てきますが、長時間勤務を自慢したところでまったく意味ないことです。そもそもなんで長時間なのか、その状況は自分だけなのか、会社全体がそうなのか、本気でノーと言った経験はあるか、などを考えるべきです。彼には、「そんな状況から早く抜け出せ」と伝えましたが、どこまで伝わっているでしょうか。最終的にはなるようにしかならないし、それでも結構生きていけるものだということを知ってほしいなと思っています。

==【昨日の活動・所感】==================

・クライアントとランチしてから、著者と打ち合わせ。出版に対する想いは人それぞれ。まずそこをヒアリングするところから始める。

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