新しいことのチャレンジと無謀なチャレンジは大きな違いがあるはずですが、その見極めは意外に難しいとも思います。何か変えたいと思って、今までやっていないことにトライするのはいいことなのですが、それまで新しいことをしていない人がいきなり始めると、失敗するケースがあります。

試し打ちから始める

新しいことの挑戦といっても、事の大小があり、小さいことから試し打ちをして、その結果の手応えから次の一手を考えるのがよさそうです。ただ新しいことになれていないと、その大小の判断の感覚がありません。そういう場合は先人の知恵を借りるのがよさそうな気がします。

書籍で新しいことに挑戦するには

本づくりも一緒です。何冊も本を書いている人の中には、「次の本は変えたい」と思う人がいます。そのこと自体はもっともだし、同じことをやっていても、新たな発見とか新たな市場の開拓はできないです。そこで「新しいことを!」となるわけですが、とは言え、自分の価値観や性格に合わないものを求めてもうまくいきません。必ずメッセージが弱くなります。

どこまで新しいことを追求すべきか

ではどこまで新しいことを追求すべきか、ということが大きな問題になるのですが、イメージとしては、「半歩ずらす」という感覚です。半分は今までの土俵で、半分は新たなことを探す感じです。結果的に今までの土俵で半分、新たな土俵が半分ということではなく、軸足を残したまま新たな土俵を探すという意味です。新しいことと今までやってきたことに関連性があるかどうか。バスケットでいうピボットのイメージです。

自分の価値観に合っているかどうかを意識する

売れている本の二番煎じを狙いたくなるのはわかるのですが、あくまでも自分の強みや価値観に合ったものにすべきです。多くの場合、二番煎じの企画という意識すらありません(意図的な場合もありますが)。読者からはまったく認識不可能な、細かいところで差別化して、別モノと認識したいだけかもしれません。

まとめ

新しい土俵と新しい土俵のバランスは本当に難しいです。働き方にしても同じことかなと思います。新しい働き方はつねに模索すべきですが、過去の延長線上で考えるべきです。その意味でも過去の棚卸しをして、価値観を明確にすることは必要なことだと思っています。

==【昨日の活動・所感】==================
・最近、ナビが普及したためか、道を知らないタクシーの運転手が増えたと思う。時間の確保に、と思いタクシーに乗っても、道を聞かれることが多くなり、なかなか集中できない。

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