昨日は、トランスビューの「出た出る」封入大会。見計らい配本をしていない版元にとっては書店へのチラシが告知の大きなツール。参加義務はなく、ボランティアが集まっての作業。30人ぐらいが集まっても4時間ぐらいはかかる。自分は2月からほぼ毎回参加している。作業後にある、残業と呼ばれる飲み会がめちゃく濃い。

今回は『ランニング登山』のチラシを入れた。やっとここまできたなあ、という感じ。構想から完成がとっても長かった。途中いろんなことがうまくいかず、出さなくてもいいかな、と思ったこともたびたび。もっと早く出したいと思っていたけれど、終わってみると、これがベストなタイミングだと思えてくる。

この本を知ったのはスカイランナーの松本大さんのYouTubeだった。信州・上田でふたりで会うことになり、事前に松本さんの情報を調べていたらまたまたヒットしたYouTubeでこの本をことを語っていた。「会うまでに読んでおかなければ」と思い、中古で購入。1986年に書かれた山の本だ。読んでみると、未知の世界が拡がっていた。昔のランニングのこともよく知らないし、山のこともよく知らないけれど、この独特で個性的な文章を書く著者はどんな人なんだろうか?がぜん興味がわいてきた。

松本大さんにお会いしたときに、この本を持っていった。「なんでこの本を持っているんですか?これめちゃくちゃいいですよ」とびっくりした感じだった。それからこの本についていろいろ思いを聞かせてくれた。「今のランの世界のここがおかしい」「この本のここがいい」などなどなど、それはそれはとっても楽しい話だった。今でもときどき松本さんの仲間たちと話題になる上田ガストでの5時間ミーティング(笑)去年の春のことだった。ただこのときはこの本を出すことは考えていなかった。

しばらくして、名著復刊みたいなことを出版社のコンセプトのひとつにしようと思いついてから、この本の存在が気になってきた。とりあえず、版権はどうなっているのだろうか?と思い、初版版元の山と溪谷社に確認。「むかしのことで社内にも記録がないんですよね(笑)使っていただいて大丈夫です」と。次は著作権の権利継承者を探さなければ。著者は亡くなっていたことは知っていた。ウィキペディアにも書かれている。山の団体のあちこちに連絡をとってみたものの、相手からの返事はないことがほとんど、あっても「本は知っているけれど、連絡先はわからない」という返事だった。松本大さんにも手伝ってもらったけれど、手がかりはなかった。どうしたらいいのだろうか?やっぱり無理かな…なんて思っていた。

ダメもとで、この著者が勤めていた大学のホームページから問い合わせをしてみた。返事はないかもと思っていたら、「調べますので少々お待ち下さい」とのメール。「へ〜ありがたい」と思いつつも期待せず数日待っていたら、娘さんから連絡がきて驚いた。しかもその大学で教員をされていることがわかりさらにびっくり。自分は「お会いして、お父様の本の復刊の話をさせてほしい」ということを伝え、会っていただけることになった。

大学のキャンパスに行き、指定された研究室に向い、会うことができた。この本は松本大さんから紹介されたこと、自分も読んでみてとっても刺激を受けたこと、権利継承者をずっと探していたことを伝えた。自分は著者ご本人と会ったようにテンションが上がっていた。しかし、娘さんは、「父のやっていたことはよくわからないんですよね。休みの日にはよく山に連れて行かれましたけど(苦笑)父はいつも時間を気にして、休憩もそこそこだったので、まったく休めなかったんですよね」と他人事。冷静に考えれば(考えなくても?)父親の趣味に対する子の意識はそんなものだよなあとも思いつつ、これが「快速登山」と本にかかれていることだ!と思った。復刊することについては、「私はまったくかまわないですし、むしろ嬉しいですけど、こんな父の本を読む価値が今でもあるんですか?」「あります!」

ただ、「父は大学にものすごく迷惑をかけた、今自分が大学の人間だからその衝撃がよくわかる。だから自分がここに関わることはできない。でも出版されるのはうれしいこと。印税は私たちが受け取るつもりはないので、山の安全講習にでも使ってほしい」と話された。「ありがとうございます!そうさせていただきます」と言って出てきた帰り道はスッキリだった。

ただそれからの制作にはいろんなハードルがあった。また別の機会に書こうと思う。人との出会いが本との出会い。いろんなことでブレるときがあってもこれだけは忘れてはいけないと思った。

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