先日、ホームページから問い合わせが入ってきた。内容を見れば「問い合わせではないですが」と書いてあり、読んでみると、『ランニング登山』の読者の方からの文章だった。僕にとっては、とってもうれしいことで、著者がなくなった書籍を復刊させることの意味や原点を知ることの意味を再確認させられた。匿名であれば、ということで、転載の許可をいただいたので、以下に引用させていただく。

はじめまして。
問い合わせではないのですが、私は25~30年くらい前の数年間の期間にランニング登山をしていて、出場者5人の八ヶ岳登山マラソン大会で、著者の下嶋先生と初めて出会い、六甲山や雲取山、ボルネオ島のキナバル山の大会などに一緒に参加していました。
又、別々でトライした北アルプスランニングの帰りに松本駅でばったり会ったり、高尾山~陣馬山往復のタイムトライアルを競ったりと、下嶋先生との思い出は尽きません。

当時は ランニング登山もマイナーでしたが、今はメジャーになり、天国の下嶋先生も喜んでおられると思います。

ランニング登山の本が、いつか 再版されたらいいなと思っておりましたが、先日 図書館で 御社が再版した本が並んでいるのを発見して、嬉しくて このメールをお送りしてしまいました。

本当に下嶋先生は、喜んでいると思います。
そして、 下嶋先生の存在を後世に記して戴きまして、ありがとうございました。

昨日またまた執筆協力をいただいた松本大さんと会う機会があったので、このメールを読んでいただいたところ、「我々はランニング登山という日本の文化を伝えているのだ」と言っていた。ただ山に入って、走ってという行為の裏側に、こんな文化があることはあまり知られていない。知りたいという人も多くないかもしれない。

ただ何事もそうだけど、なんでそれが存在するのか?どんな理由なのか?を日々問い続けることは無駄ではないと思っている。自分は当たり前のこととして認識している影でどれだけの歴史があるのかを知ることが自らのチャレンジ精神もかり立たせてくれる気がする。

本書は、あなたの趣味は何かを聞かれて、「山を走ることです」と答えると、「奇人、変人扱いされて、話が途切れる」というエピソードから始まる。まさに「ありえない、ありえない、狂っている」の世界だ。山を走ることは、今でこそ(だいぶデフォルメされて)メジャーになったともいえるけれど、こういう原点は知っておかなくてはいけないし、忘れてもいけないと思う。

著者が亡くなった本を絶版新書として、世に出すまでには困難なことが多かったけれど、やっぱり出してよかったと思える。Tさん、ありがとうございました!

Related Articles: