『がんと生き、母になる〜死産を受け止めて〜』(まりん書房/村上睦美著)という本を読んだ。帯の言葉をそのまま引用すれば『38歳で血液がん「悪性リンパ」腫発病。39歳で出産と死産。その後、再発がんや自己免疫疾患を治療し46歳で再び出産した元新聞記者による9年の記録』だ。集英社が主催している開高健ノンフィクション賞最終候補作(第14回)になった作品(ちなみに、最近、自らの著書は自ら売ると発言している川内有緒氏はこの賞の第16回の受賞者だ)。

村上さんとはご近所ということもあり、知人の紹介で、昨年秋に出会った。自分が書いた文章をどうやってだすか?自分で出版社をつくることを考えている、という話をされていた。その後何度かお話をして、今月発売されたこの本は、まりん書房という出版社から出版された。著者の村上睦美さんの会社だ。著者が自分で出版社を作り自分の経験を世に発表した。逆を言えば、デザインも編集も制作も校正も外の人の力を借りたということ。そこまでしてまで…と疑問に思う人は多いと思うし、自分もそう思っていた。ただ、その疑問は、この本を読むことで解消された。

その原動力は、簡単にいうと、何があっても伝えなくてはならないという強烈に強い思いだと理解した。候補作に残ったあと、「他社からもオファーがあったけれど、自分の責任で自分の経験を作品にしたいから」とおっしゃっていた。書きたいことは書かなければならないし、それが売れようが売れなかろうが関係ない、という気持ちもあったのだろうと推測する。出版関係者の間では、「闘病記」と「高齢出産」の本は売れる、とされていることもあり、「この本はその両方がテーマに入っているから注文をとりますよ」と言われたこともあるとか。もちろん言ったほうには悪気はないのだろうけれど、そういう文脈で本を出したわけではないことは明らかだ。

本文は、病気と戦いながら、びっくりするほどの詳細な経過や気持ちが書かれている(320ページという文量がそれを物語っている)。日記や記録の積み重ねだったことと思う。これで救われる人もいるだろうし、薬の名前も量も記されているので、これからの治療のあり方にも一石を投じるものと思っている。家族とのきずなやつながりも考えさせる。内容はもちろん、定価もページ数も部数もすべて自分で決めるということだ。宝物になるだろうと思う。他人にブレーキを踏まれず存分に書けたからではなかろうか。

経験がなくても出版社は立ち上げられる。未経験者は経験者よりも最初のハードルは高いかもしれないけれど、未経験者だからこそやりたいという思いがつよい。飲食業未経験でパクチー料理専門店を開店させた『「ありえない」をブームにするつながりの仕事術』の著者佐谷恭さんと同じだ。できるからやるのと、自分が達成したい目標のためにやるのとでは大きく違う。制作したのちの流通も複雑なことばかりだけど、持ち前のリサーチ力と分析力で突破している。大事な1冊だ。なんとかしてしってもらいたい。その一心でしかないと思う。膨大な広告費を自分で負担することで企画を通過させて、ライターを使って本を書かせるといった「出版を買う」世界とは別世界だ。

本の出し方は本当にいろいろになってきた。ただその動きは大きくないので、名前を売るためにただ本をだしたい、という人では見つけられない。本を出すことによって何をしたいのか?それを問い続け、実際に業界の中を観てみると、いろんな可能性がみえてくると思うし、出版のいろいろを伝えることが自分の役割だとも思っている。

書かれていることに対する具体的な感想については安易に語れないような気がするけれど、村上さんの本を読んでいろんなことが頭によぎったし、健康な僕はもっともっと頑張らねばと思った。

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