今月に出す2冊の本が校了した。粘りに粘った。あとはカバーの色校を見るのみ。どちらも渾身の1冊になった、と思いたいけれど、それは著者が感じること。でも作っている間に考えたことがいろいろある。

世の中、数字で表現される世界がわかりやすく、評価対象になりがちで、皆そこを目指すけれど、そこには興味を持たない人はいるし、そういう世界に窮屈さを感じる人はいるよね、ということだ。ピッチャーは皆、球速を意識するし、100マイルとか160キロの豪速球などが見出しになりやすいけれど、ストレートが140キロ前半の上原浩治が40歳を過ぎて活躍している例もある。ひと言でいえば、制球力がずば抜けているからなのだけど、それは数字では表現しにくいし、ボールのキレとか伸びは数字では表現できない。以前、上原が何かのテレビで、「ほかのピッチャーは、打者と戦っているのではなく、スピードガンと戦っている。意味ないですよね」と言っていた記憶がある。

走ることも同じ。タイムを目指す世界がまずあって、前の自分より走れたことや人より速く走れることが次モチベーションアップにつながる。そういう世界がふつうなのだけれど、タイムを気にしない「楽しい走り」はあるし、そういう人たちと走る「楽しく走れる環境」もいろいろあるよなあ、ということに気付かされる。最近、出会うラン好きな人は楽しく走ることを追求しているように思える。追求の度合いがハンパではない。

経営は右肩上がりでないと会社は存続しないのは大前提で、激しく売上を伸ばした手法やら発想やらが本のネタになりやすいけれど、「非ロジックの経営」にこそに興味を覚える。長期計画、年間計画、短期事業計画などが経営には求められて、その有用性は何の反論もないのだけど、小規模事業者はもっとやることがあるとも思う。最近それを学びつつある。

ただ数字で表せない(表さない)世界に身を置く人はなぜそういう価値観をもつに至ったか、自分のルーツを知るがあると思う。数字を目指さない(目指せない)のであれば、なぜそこを目指すのか。人にどうその世界を伝えるのか。ランニングのような趣味の世界では「ただ自分が楽しければいい」でいいけれど、仕事になると常にお客さん が感じることを考え続けなければならない。ただ自分がやるべきことは、それはお客さんが求めることに徹底的に答えること、でもない気がする。それは何なのか。それを考えるときに、問いているのは、「お客さんは自分のほしいものを自覚しているのか」。

書籍のテーマとはあまり関係ない(次の本の内容に近い)のだけど、そんなことを考えつつの校了作業。著者のみならず、印刷会社、組版会社、校正者、デザイナー、イラストレーターなど自分と本を一緒に作ってくれた人たちには本当に感謝。長野との行ったり来たりの生活も日常になりつつあるかな。

~書籍情報・西荻窪の玄米菜食のお店「米の子」亭主が語る素材と感謝 亭主啓白~

http://www.socialcapital.co.jp/blog/info/komenoko-book

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