人を選ぶときに、スペックを基準にすると、自分もスペックでしか選ばれなくなると思っています。この場合のスペックとは、明らかに言語化できる特徴・属性・能力ぐらいの意味ですが、会社名とか、地位とか、名誉とか、年収とかを基準にして人に近寄って行ったり、サービスも安いことを買うを基準にすると、自分もそう見られる可能性が高いです。

スペックの基準にするから欲しくなる

そもそも、自分がそういう基準を持っているから、その基準を欲しくなるわけです。「あれも足りないこれも足りない、偉くなりたい…(汗)」。人を引きつけるのは、そういうスペックでしかないと思っているわけです。会社名とか役職名とか年収をことさら強調する人はこういう傾向が強いです。

人の魅力を感じるのは?

人の魅力を感じるのは、そういうところだけではありません。昨日のエントリとも関連しますが、時系列をみて、その人は今どこにいて、何を考え、どこに向かおうとしているか、を語るときに私は魅力を感じます。もっと言えば、なんとなく感じ取れる雰囲気に、魅力を感じることさえあります。そこは論理的な説明はありません。

まとめ

深く考えると、自分の身の回りに起こっていることは、すべて自分の責任と思えるようになってきました。今お願いしている税理士は不満ですが、それは自分がスペック(価格)で選んだから、自分も安く見られているわけです。自分の行動も言動も結局は自分に返ってくるのです。

==【昨日の活動・所感】==================

・午前中、横浜で打ち合わせのあと、都内で勉強会。両方とも刺激的な話ばかり。こういう環境に身を置きたい。自分で作り出さないと。

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