ピアニストでありコンクールの審査員を務めることがあるという知人は、演奏者がステージそでから中央まで歩いている間に、その人の力量がわかることがあるといいます。なぜかというと、筋肉の付き方を見ているというのです。どこの筋肉を使って練習してきたのか、でレベルがわかるのだそうです。なんともおそろしい話です。

受け取る情報量が違うと…

悟るということは、凡人だと見えないことが見えるというレベルのことなのでしょう。ほんのわずかな変化や違いに気づき、一見何気ない行動や動きからでも受け取る情報量はハンパではないということです。なぜそういうことに気づくかというと、ご自身も同じことを指摘されてきたからだそうです。それを経験すると、あとはロジカルに判断できそうです。

多くの情報量からロジカルに判断vs少ない情報量からなんとなく判断

達人と言われる人は、多くの情報量からロジカルに判断するのに対して、凡人は少ない情報量から「なんとなく」で判断しているのだとすると、判断の質に差がでるのは当然ですね。そして達人はロジックを積み上げていって、最後はその人が持っている属人的なもの(=勘)が付加されてオリジナリティが出るのかもしれません。

悟る世界を経験するには

どんな世界にせよ、いきなり達人にはなれないので、経験をして、それまで気づかなかったところに気づいて、また経験して、気づいて…の連続なんだと思います。だから経験が大事というのは、もちろんなのですが、悟るところまで行ったら、世界の見え方が違うだろうなと思います。それが仕事だったら、大きな成果や業績を残している可能性大です。

まとめ

今まで、仕事をしてきて、悟るとか見えるとか、という感覚はなかったのですが、最近というか、ここ1年ぐらい、すさまじい結果を出している人を見ていると、その領域は間違いなくあることに気づきます。こういう領域を文字にするには本当に難しいなと思います。究極的にはそういうことを記述してもどこかで信憑性はかけるものだし、本人も無自覚に身に着けている可能性が大きいからです。とはいえ、なんかヒントになるものがありそうな気がするのですが…。
==【昨日の活動・所感】==================
・奥付に編集者の名前の入れるのはいいと思う。出版社によって方針はバラバラのようですが。自分が好きな編集者がみつかるかも?!

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