「人格主義の回復」とは『7つの習慣』のサブタイトル。何からの回復かというと、個人主義からだ。「第一次世界大戦がおわると、人格主義は影をひそめ、成功をテーマとした書籍は個人主義一色になる」との記述がある。個人主義と人格主義のせめぎ合い(?)は今に限ったことではないのだなと。時代性というより、切り離せない二面性なんだろうと思う。

この本は、「痛みに鎮痛剤や絆創膏で応急処置を施せば、たしかに痛みは消える。問題は解決したかにみえるかもしれないが、根本にある慢性的な原因をほったらかしにしていたら、いずれ化膿して再発することになる」と記述されている。痛いときに鎮痛剤を飲めば、痛みは消えるかもしれない、でもなんでそもそも痛みが出たのだろうかを考えるほうがよっぽど大事だということだ。人生の成功には、「誠意、謙虚、誠実、勇気、正義、忍耐、勤勉、質素、節制、黄金律など人間の内面にある人格的なこと」が不可欠であるということが丁寧にかかれている。うーむ、身につけるのがむずかしい…。

これらの成功要因を身につけるために、習慣の重要性を問いていて、習慣=知識、スキル、意欲が交わる部分、と定義している。こんな簡単な定義だけど、常に考えるテーマなんだろうと思わせる。

第一の習慣「主体的である」の中に、「率先力を発揮する」項目がある。「私たち人間に備わっている性質は、周りの状況に自ら影響を与えることであって、ただ漫然と影響を受けることではない」とある。その延長線に、「関心の輪/影響の輪」の概念がある。主体的に動けば、関心の輪は形成されるけれど、自分がコントロールできるものとそうでないものがある。自分でコントロールできるものは影響の輪と呼んでいる。おのずと「関心の輪>影響の輪」という関係になる。

この本を読むまでは、そもそもこういう見方があることさえしらなかったけれど、こういう言葉をしると、世の中が変わってみえる。ホンの微々たるものなのだけど、確実に違いが見える。これが「パラダイムシフトの力」であり、「レンズを変える」ことにつながる。「世界はあるがままに見ているのではなく、私たちのあるがままに見ている」。

この本を読んで、出版における人格主義の回復とはなにか?ということを考えるようになった。絆創膏的な本はいつも時代も求められるけれど、それを書くべきかどうかはまったく別だ。本が売れないのは、ただでいくらでも手に入るネットの世界の絆創膏的なコンテンツと類似しているからではないか?ということも考えるべきだ。と、同時に、ネットも出版も不特定多数にリーチできるメディアだけど、役割は違う。やっぱり絆創膏的な仕事はしてはならぬ。ではどういう本が好ましいのか?どう違うのか?こういうことに答えようとすると、常にモヤモヤだけど、人格主義とは何か?ということを考え続ける中でなんとなく、あるいは直感的に見えてくるのかもしれない、と思ったり。そんな考えるキッカケを与えてくれる。

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